礼拝開始19周年記念感謝礼拝 2021年12月5日の説教要旨 申命記6:4-9・Ⅰコリントの信徒への手紙15:1-11

「告げ知らされた福音」     協力牧師 佐藤 義子

*はじめに

本日、礼拝開始19周年の感謝礼拝をお捧げすることができることを心から神様に感謝いたします。本日の申命記6章4-5は「聞け(シェマー)」から始まり、「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くしてあなたの神、主を愛しなさい」と続きます。この御言葉は、私の教会学校時代の暗証聖句でもありました。申命記では、これらの言葉を寝ても覚めても心に留めて、子供達にも繰り返し教えるように命じています。今でもユダヤ教徒の方達は、毎日、朝晩2回、このシェマーを唱える他に、18の「祈祷文」に沿って、朝昼夜の3回、立って祈っておられるとのことです。

クリスチャンにとって「御言葉は食べ物、祈りは呼吸」と言われます。多忙な日々の中にあっても、一日の初めと終りに(あるいは毎日のどこかで)、わずかな時間でも、神様と共に過ごす大切な時を持てたらと思います。

*告げ知らされた福音

本日の、Ⅰコリント書15章1節から5節までをもう一度お読みいたします。 「兄弟達、私があなた方に告げ知らせた福音を、ここでもう一度知らせます。これは、あなた方が受け入れ、生活の拠り所としている福音にほかなりません。どんな言葉で私が福音を告げ知らせたか、しっかり覚えていれば、あなた方はこの福音によって救われます。さもないと、あなた方が信じたこと自体が、無駄になってしまうでしょう。

 最も大切なこととして私があなた方に伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてある通り私達の罪の為に死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてある通り三日目に復活したこと、ケファ(ペトロ)に現れ、その後12人に現れたことです。」

 パウロが最も大切なこととして伝えたことは、「イエス様が、私達の罪の為に十字架にかかり、死んで葬られて、三日目に復活された」ことでした。これまで仙台南伝道所で伝えてきた福音も、同じです。

イエス様は、「私達の罪の為に死んで下さった」ということは、本来なら、<自分が今迄、神様を神様とせず、自分を神として歩んできた罪の結果として私達は裁かれ、滅ぼされる定めにあった>ことを知り、にもかかわらず、私達がイエス様を信じることによって罪が赦されて、罪の裁きから解放されたことを意味しています。私達はこのことを信じて、受け入れ、生活の拠り所としています。

誰でも、どのような人生を歩いてこられた方でも自分自身と向き合い自分の人生を振り返る時、自分の罪に気付かされます。その時に十字架による「罪の赦し」がすでに自分に対して用意されていることを私達は聞いて、信じた時(信仰が与えられた時)、私達は救われます。

*古い人と新しい人

 シュネーダー宣教師(元東北学院長)は、「キリストと結ばれる人は誰でも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」との御言葉を引用して、それ迄の「古い人」と「新しく生れた新しい人」との変化を語っています。「古い人」は肉体に必要な物を第一とするが、「新しい人」は神の国と精神上の宝を求めていくこと、試練に会った時も、神の子としての、高尚なる生涯に上がる訓練として耐え忍ぶことが出来ること、「死」も、天国にいます神様と信仰者達との交わりの中に入る幸せなことであり、「世の旅 果てなば、死の河波をも、恐れず越えゆか(讃美歌294)」と歌いつつ世を去ると語っています。

*祈りの共有

私達の伝道所につながるお一人お一人の歩みが、信仰者(新しくされた人)として、良き証し人として、毎日イエス様と共に歩んでいきましょう。愛する家族も教会に導かれるように、愛する友人知人達の名前を挙げて救いの為に祈りましょう。求道者の方々がバプテスマに導かれるように、又、加藤伝道師一家の伝道牧会の働きが益々豊かに守られるように。そして仙台南伝道所が法人格を持つ教会へと成長させていただけるように祈っていきましょう。御心に適(かな)う祈りは必ず聞かれます。信じて希望と確信をもって歩みを続けていきたいと願うものです。

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