「主イエスこそ、神から遣わされた方」 佐藤義子 牧師

/n[詩篇] 16章7-11節 7 わたしは主をたたえます。主はわたしの思いを励まし/わたしの心を夜ごと諭してくださいます。 8 わたしは絶えず主に相対しています。主は右にいまし/わたしは揺らぐことがありません。 9 わたしの心は喜び、魂は躍ります。からだは安心して憩います。 10 あなたはわたしの魂を陰府に渡すことなく/あなたの慈しみに生きる者に墓穴を見させず 11 命の道を教えてくださいます。わたしは御顔を仰いで満ち足り、喜び祝い/右の御手から永遠の喜びをいただきます。 /n[使徒言行録] 2章14-36節 14 すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。わたしの言葉に耳を傾けてください。 15 今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが考えているように、酒に酔っているのではありません。 16 そうではなく、これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。 17 『神は言われる。終わりの時に、/わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、/若者は幻を見、老人は夢を見る。 18 わたしの僕やはしためにも、/そのときには、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。 19 上では、天に不思議な業を、/下では、地に徴を示そう。血と火と立ちこめる煙が、それだ。 20 主の偉大な輝かしい日が来る前に、/太陽は暗くなり、/月は血のように赤くなる。 21 主の名を呼び求める者は皆、救われる。』 22 イスラエルの人たち、これから話すことを聞いてください。ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。あなたがた自身が既に知っているとおりです。 23 このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。 24 しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。 25 ダビデは、イエスについてこう言っています。『わたしは、いつも目の前に主を見ていた。主がわたしの右におられるので、/わたしは決して動揺しない。 26 だから、わたしの心は楽しみ、/舌は喜びたたえる。体も希望のうちに生きるであろう。 27 あなたは、わたしの魂を陰府に捨てておかず、/あなたの聖なる者を/朽ち果てるままにしておかれない。 28 あなたは、命に至る道をわたしに示し、/御前にいるわたしを喜びで満たしてくださる。』 29 兄弟たち、先祖ダビデについては、彼は死んで葬られ、その墓は今でもわたしたちのところにあると、はっきり言えます。 30 ダビデは預言者だったので、彼から生まれる子孫の一人をその王座に着かせると、神がはっきり誓ってくださったことを知っていました。 31 そして、キリストの復活について前もって知り、/『彼は陰府に捨てておかれず、/その体は朽ち果てることがない』/と語りました。 32 神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。 33 それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。 34 ダビデは天に昇りませんでしたが、彼自身こう言っています。『主は、わたしの主にお告げになった。「わたしの右の座に着け。 35 わたしがあなたの敵を/あなたの足台とするときまで。」』 36 だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」 /nはじめに  今日の聖書の見出しには「ペトロの説教」とありますが、この説教は、ユダヤ教の五旬祭(ごじゅんさい)の祭りに集まっていたユダヤ人に向けて語られた、聖霊降臨(せいれいこうりん)後の[世界最初のキリスト教] 説教です。 「聖霊降臨」という神様の約束の実現を目の当たりにした人達の反応は、しかし、二つに分かれました。一つの反応は、驚きとまどいながらも、なぜこのようなことが起こっているのか、と、その意味を知ろうとした人々です。そしてもう一方の反応は、外国語で話す弟子達を「酒に酔っている」とあざけり、それで片づけようとした人達でした。理性を重んじる人達にとって理性で理解できないことは、自分の側にではなく相手の側に問題があると考えます。聖霊を受けた弟子達の状況を見た時、彼らはそのことが理解できないゆえに、弟子達を酒に酔っていると判断したのです。 /nしるしの解き明かし   そこでそれまで座って語っていた弟子の一人ペトロは、他の11人の弟子達と一緒に立ち上がり、そこにいたすべての人々に声を張り上げて話し始めます。ペトロは、今が朝の9時であることに注目させました。敬虔なユダヤ人は朝の祈りの前には飲食をしないからです。  ペトロは「聖霊降臨」という不思議なしるしについて解き明かしました。14節で「ユダヤの方々、又エルサレムに住むすべての人達、知っていただきたい」と呼びかけ、22節でも「イスラエルの人達、これから話すことを聞いてください。」と呼びかけ、最後に29節で「兄弟達」と、この説教の結論を語っています。三回にわたる呼びかけによってペトロが語り伝えたことは、一つには、弟子達が外国語で語ったのは神様の霊が注がれたしるしであり、今、ここで聖書の預言が成就したこと、二つには、イエスこそ神から遣わされた方であること、三つには、十字架で殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったこと、です。 /n聖霊降臨は預言の成就  神様の霊が注がれることについては、旧約聖書のヨエル書3章で預言されています。この出来事はその実現だったのです。17節に「<span style="font-weight:bold;">終りの時に、私の霊を・・注ぐ</span>」とあります。この時、終末の時代に入ったということです。(今も終末の時代・ヨハネ?2:18参照)。終末は裁きの時です。救いに招かれる者と滅びに至る者が分けられる時です。21節には「<span style="font-weight:bold;">主の名を呼び求める者は、みな救われる</span>」とあります。聖霊は私達にイエス・キリストの名を知らせ、その御名によって神様に祈り求める教会(信仰告白共同体)を形成します。教会は祈ることができ、終末の為に備えます。 /n「<span style="font-weight:bold;">ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。</span>」(22節)  第二に語られたこの「イエスこそ、神から遣わされた方」は、説教の中心でもあります。これこそキリスト者の信仰です。続いてペトロは、「<span style="font-weight:bold;">神は、イエスを通してあなた方の間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなた方に証明なさいました。あなた方自身が既に知っているとおりです。</span>」と語りました。ここにいたユダヤ人はイエス・キリストがどのように生き、何をなさったかを見聞きしてきた人達でもあります。イエス・キリストの十字架の死と三日目に復活してその後40日にわたって弟子達に現れたことも、うわさとして広まっていたことでしょう。この日はイエス様が殺されて、わずか50日後のことでした。 /n主イエスは復活された。イエスこそ主・メシア(救い主)です。  最後にペトロは、詩編を引用してイエス様の復活を語りました。神様は、御子イエス様の魂を死の中に留めておくようなことはなさらない(27節/詩篇16:10)とあるように、「<span style="font-weight:bold;">神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。</span>」(32節)そして、「<span style="font-weight:bold;">だから、・・・はっきり知らなくてはなりません。あなた方が十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。</span>」(36節)。  世界最初のこのキリスト教メッセージは、2000年後の今日も、全世界のキリスト教教会で、力強く宣べ伝えられています!

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