「平和があるように」 牧師 佐藤義子

/n詩編71:14-19 /nマタイ福音書10:5-15 /nはじめに 今日の聖書は、イエス様が12弟子を選ばれて、伝道に派遣するにあたり語られた言葉です。第一に、派遣先について。第二に、何を伝えるのか。第三に、何をするのか。第四に、所持品について。第五に、滞在先についてです。イエス・キリストの教えが全世界に拡がっていく時、その最初に遣わされた12弟子達は、イエス様から何を命じられて送り出されたのか、大変興味深い箇所でもあります。 /n派遣先 弟子達の派遣先は、異邦人(ユダヤ人以外)の町ではなくイスラエルの人々(ユダヤ人)に限定されています。申命記(旧約聖書)にはこう記されています。「あなたは、主の聖なる民である。あなたの神、主は・・すべての民の中からあなたを選び、ご自分の宝の民とされた。主が心引かれてあなた達を選ばれたのは、あなた達が他のどの民よりも数が多かったからではない。あなた達は他のどの民よりも貧弱であった。ただ、あなたに対する主の愛のゆえに、あなた達の先祖に誓われた誓いを守られたゆえに、主は力ある御手をもってあなた達を導きだし、奴隷の家から救い出されたのである」(7:6-8)。すべてのことには順序があります。最初は「イスラエルの家の失われた羊」=(神を知りながら神から離れているユダヤ人)です。 /n何を伝えるか イエス様は、「<span class="deco" style="font-weight:bold;">行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい</span>。」と命じられました。それまでは、天の国(神様のおられるところ)は、人々の、想像に基づいた、漠然としたものだったでしょう。しかしイエス様は天から(神様のおられるところから)来て下さり、天の国について教えられました。天の国は近づいたのです。天の国はもう見知らぬ国ではなくなりました。イエス様を信じる者は、イエス様を通して、この地上において罪が赦され、神の子とされ、神様の支配を受けることが出来る喜び、さらに永遠の命が与えられるという喜びが与えられます。これが福音(ふくいん)の使信です。   /n何をするのか イエス様は弟子達に「病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病をわずらっている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。」と命じました。このわざは神様の業でありイエス様御自身がなさった奇跡のわざです。イエス様は、この奇跡のわざの力を、これから遣わそうとする弟子達に、与えられました。 /n所持品について 所持品は「なし」です。弟子達の語る福音も病人を癒す力も、すべてイエス様からいただいたものです。ただで受けたものはただで与えます。弟子達が必要とする食物は、旅先で福音を聞いた人達や、愛の奉仕を受けた人達が、その報酬として与えるでしょう。これは、仏教の、托鉢や施しを受けることではなく、「働く者が食物を受けるのは当然」だからです。何も持たずとも神の働き人は、神が養うこともして下さるのです。 /n滞在先  イエス様は、「町や村に入ったら、ふさわしい人は誰かを良く調べ、旅立つ時まで、その人のもとにとどまりなさい。」と言われました。滞在先は慎重に選ばなければなりません。伝道の妨げになるような人の所では良い働きは出来ません。福音を聞く耳があり、客を親切にもてなす人、キリストの使者ということで喜んで迎え入れてくれる人が、ふさわしいと言えましょう。滞在先を決めたら、町を離れるまで変えてはなりません。その家に入ったら、「あなたに平安・(平和)があるように」と祈願・祝福を祈ることを命じています。「家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなた方の願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。」と言われました。 /n弟子を引き継ぐ 私達も、祝福と平和を携えて伝道する時、反応は、聞く人と拒む人に分かれます。弟子達の時代から常にそうでした。私達は伝えた相手の終末に関して責任を持つ必要はありません。しかし伝える責任はあります。なぜなら「<span class="deco" style="font-weight:bold;">今や恵みの時、今日こそ救いの日</span>」(2コリント・6:2)だからです。

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