2020年11月22日の説教要旨 申命記11:13-21・使徒言行録14:8-18

「喜びで満たす神」     加藤 秀久伝道師

*はじめに 

本日の申命記には、イスラエルの民が存続していくには神様の命じる戒め(=主に聞き従い、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くして主に仕える)がありました。この戒めはイスラエルの民の、神様に対する忠誠を尽くす言葉にもなっていました。彼らは、時には神様に不平を言い、神様に背き、しくじり、自分達の存在意義も見失い、途方に暮れた時もありましたが、出エジプト後、 イスラエルの民は,荒れ野を40年間 さ迷いながらも、主に従い続けることによって神様からの守りと導きにより、一つの民族として存続し続けることが出来ました。それは、彼らが神様によって愛され、選ばれた民だからでした。

*カナンの地に住み続け、祝福を受ける道

モーセはカナンの地を目前にして、イスラエルの民に、カナンの地がエジプトと違ってどれほど美しく良い土地であるかを伝えています。そしてイスラエルの民が、このカナンという とても豊かな土地に住み続けるためには、主に誠実であり続けることがどれ程までに重要で、必要なことであるかを伝えています。さらに、民が心変わりして主を離れ、他の神々に仕え それにひれ伏すことのないように警告しています。 彼らの心に刻まなければならない言葉は、主の戒めを守り、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くして主に仕えることでした(申命記6章)。そうすることでイスラエルの民は、神様からの沢山の祝福を受けて栄えることが出来たのでした。

*わたしたち

 私達の心の中は、主の戒めを守り、主に聞き従い、心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして主を愛しているでしょうか。主の語られる言葉を心に留め、魂に刻み込み、信仰の糧としているでしょうか。どこかで罪の誘惑に負けて、主から目を離してしまっていないでしょうか。

*リストラでの出来事

パウロとバルナバが伝道旅行でリストラに行った時、生まれつき足が悪く一度も歩いたことがない男の人が座っていました。彼はパウロの話すのを聞いていたので、パウロは彼を見つめて、癒されるのにふさわしい、神様を信じる信仰があるのを見定め、彼に「自分の足でまっすぐに立ちなさい」と大声で言いました。するとその人は躍り上がって歩きだしました。 群衆はパウロの行為を見て、「神々が人間の姿をとって私達のところにお降りになった」と、いけにえを献げようとしたのです。

この地方の伝説によれば、昔ゼウス神とヘルメス神が変装し、お忍びで地上に来た時、神々をもてなす人はどこにもいませんでした。が、ある老夫婦が神々を家に入れて手厚くもてなしたところ、その後この地方を洪水が襲った時、老夫婦は神々の守りによって救われたという話です。

*パウロとバルナバの説教

パウロとバルナバは、いけにえを捧げようとした彼らに「私達もあなた方と同じ人間にすぎません。あなた方がこのような偶像を離れて生ける神に立ち帰るように、私達は福音を告げ知らせているのです」「この世界を創られた天地創造の神様こそが恵みを下さり、天からの雨を降らせて実りの季節を与え、食物を施してリストラの人々の心を喜びで満たして下さっているのです。」と語り、いけにえの行為をやめさせました。

*収穫感謝日

日本キリスト教団では、11月の第4日曜日を収穫感謝日として礼拝を守っています。私達に与えられている全ての恵みは、この世界を創られた神様によって与えられているものです。数え切れないほどの恵みを覚えて主に感謝する。それが収穫感謝日の礼拝です。そして又、私達が覚えるべき一番の恵みであり実りであるのは、イエス様を信じることによって、罪の生活の中から解放されたことだと思います。私達は日々、自由にされて生きることが赦されています。私たちのそばには、いつも喜びで満たして下さる神様がいます。「心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」と言われる言葉の中に、私達は神様の本当の愛を見つけることができると思います。 私たちが主を 愛する時、私たちは主の愛を、主の恵みを見つけることができるのです。

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