「復活の証人」  牧師 佐藤義子

/n イザヤ書55:6-13 /n 使徒言行録2:22-24・32-39      /nはじめに  今朝、皆様と共に、イエス・キリストの復活をお祝いするイースターの礼拝を捧げることが出来ることを神様に感謝致します。  イエス様が十字架につけられて息をひきとられた後、その遺体を十字架から下ろす許可をとったのは、弟子達ではなくアリマタヤ(ユダヤ人の町)出身で、身分の高い議員のヨセフでした。彼は勇気を出して遺体の引き渡しを総督ピラトに願い出て許可を得ます。そして亜麻布を買い、遺体を包み、ニコデモが持ってきた香料を添えて、岩を掘って作った新しい墓に納め、入口に大きな石を転がしてふさぎました。金曜日の日没から始まった安息日が終り、三日目の日曜日の明け方のことでした。安息日が終るのを待ちかねたように婦人達はイエス様の遺体に油を塗る為にお墓に行きました。婦人達はお墓の前の大きな石を、誰がどけてくれるか心配していました。ところがマタイ福音書によれば、お墓に着いた時、大地震が起こり、天使が石をわきに転がしてその上に座り、イエス様の復活を告げたのです。 /n信じることができなかった弟子達 復活されたイエス様にも出会った婦人達は、そのことを弟子達に伝えますが、誰も信じませんでした。その後、弟子達が集まっていた所にイエス様は来られました。ヨハネ福音書によれば、この時不在であったトマスは、「わたしはイエス様の手に釘あとを見て、この指を釘あとに入れてみなければ、又、この手をわき腹に入れてみなければ決して信じない」と言いました。その後再び弟子達のところに来られたイエス様は、トマスに、「<span class="deco" style="font-weight:bold;">信じない者ではなく、信じる者になりなさい</span>」と言われました。 /n弟子が伝えた伝道メッセージ  今朝の聖書は、イエス様の復活・昇天後の弟子達が、聖霊を受けて、説教している箇所です。ここで語られたメッセージは、イエス・キリストという一人のお方を通して行なわれた、そして今も続く神様の行為です。イエス様は多くの奇跡・不思議なわざ・しるしを行なわれました。それは神の子でなければ出来ないことでした。しかし、ユダヤ人指導者達は自分達のねたみ・敵意のためイエス様を十字架で殺してしまったのです。 /n神様の御計画  しかし、イエス様をこの地上に送られたのは、神様の御計画であり、すべてを御承知の上で、神様はイエス様をこの世に遣わされました。 イエス様が十字架への道を歩かれたのも、父なる神様を仰ぎ見て、それが神様の御意志であることを知り、その御意志に服従された結果です。    十字架の死は、神様が人間を愛するが故に、人間を罪から救うための「あがないの死」として、イエス様に課せられた使命であったがゆえに、それに続く復活があるのです。復活は神様のわざ、神様の行為であり、旧約聖書でも預言されています。「<span class="deco" style="font-weight:bold;">だからイスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです</span>。」(36節) /n教会が伝え続けるメッセージ  この言葉は、聞いた人々の心に鋭く突き刺さりました。彼らは大きなお祭りのために世界各地からエルサレムに戻って来ていたユダヤ人です。彼らは十字架刑に直接かかわりませんでしたが、自分達民族が待望していたメシアを、外国人の手を借りて殺してしまったと聞かされ、自分達が重大な間違いを犯したことを知ったのです。そこで、自分達はどうすべきかと、ペトロに尋ねました。ペトロは明瞭に答えています。 「<span class="deco" style="font-weight:bold;">悔い改めなさい。イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます</span>」。  今日は、復活節(イースター)です。私達人間が殺したイエス様を、神様が復活させて下さった日です。復活は死に勝利した証しであり、私達は、弟子の信仰を継承し、聖書の証言を信じる「復活の証人」です。 教会は、今迄もこれからも、神様の救いの御計画と、神様がこれ迄して下さったこと、引き続きして下さっている神様のわざを伝え続けます。