コヘレトの言葉

  • コヘレトの言葉通読に向けて

月曜日 1: 1~ 3:22  神なしの人生の無意味さ

火曜日 

水曜日 4: 1~ 8:15  神なしの人生の無益さ

木曜日 

金曜日 8:15~12:14 神なしの人生の不確かさ

【コヘレトの言葉について】

 コヘレトの書は、神なしの無意味さと聖書的信仰の欠如から不可避に生じる完全な絶望と冷笑的な見方についての力強く説得力のある注解と理解するのが最も良い。これは、神なしの人間の生活の惨めさと不毛さをさまざまと描いて見せ、神を完全に明らかにすることは人間の知恵にはできないのだということを表している。

 この書は、人生の無意さを語る劇的な宣言で始まる(1:2)。これは、あらゆる種類の出来事の分析で例示される(1:3-11)。すべてのものの意味は何なのか。死は人生を終わらせ、かつて生きていた者の記憶を消してしまう。このようでは、なぜ生き続ける意味があろう。キリスト者にとっては、これらの極めて陰鬱で荒涼とした言葉はイエス・キリストにおける永遠の命への復活の希望に超越される。コヘレトの言葉は神なしの人生がどれほどにまったく希望のないものか、私たちに理解させるようにその苦悶を描き出している。

 人間の知恵が何になるのか(1:12-18)。楽しみが何になるのか(2:1-16)。何かに苦労して何になるのか(2:17-26)。すべてまったく無益である(3:1-22)。しかし、これらの言葉を読むキリスト者は、喜びと共に復活の希望と、それがもたらす目的と平安の感覚に戻るであろう。

 (マクグラス、273-274頁より。)

 コヘレトという言葉は、「召集する」という意味のヘブライ語であり、そこから「召集するもの」、「集会で語る者」の意味に解され、「伝道の書」とか「伝道者の書」という訳がなされてきた。「コヘレトの言葉」という書名は、コヘレトを固有名詞と見なしたものである。「エルサレムの王ダビデの子」というのは、ソロモンを指すと考えられるため、箴言とコヘレトと雅歌はソロモンのものとされているが、表題は象徴的なものとも考えられている。

 「箴言」は知恵と倫理の重要性を説き、「ヨブ記」は不条理の現実を問題としているが、不条理を単に運命として忍従するのではなく、その背後にある隠された神の意志を問い詰める誠実さが称えられている。そのためコヘレトの言葉に接した場合、戸惑いを感ずる読者は少なくない。しかし、コヘレトの知恵は鋭く、また人生体験に裏打ちされた深い知恵と見るべきであり、表面上の矛盾を性急に批判したり戸惑ったりするのは誤りである。 

(木田献一監修「新共同訳 旧約聖書略解」日本基督教団出版局、2001年、706頁より。)

★コーヘレトは、ギリシャ語で「教師」の意味を持ち、ルターは「伝道者・説教者(Prediger)」と訳している。

【1ペテロ1:13-21】

「だから、いつでも心を引き締め、身を慎んで、イエス・キリストが現れるときに与えられる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。・・・

あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖われたのは・・・きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。・・・あなたがたは、キリストを死者の中から復活させて栄光をお与えになった神を、キリストによって信じています。従って、あなたがたの信仰と希望とは神にかかっているのです。

箴言

  • 箴言の通読に向けて

月曜日  1: 1~ 9:18  知恵のすすめ

火曜日 10: 1~22:16 ソロモンの箴言

水曜日 22:17~24:34 賢人の言葉

木曜日 25: 1~29:27 ソロモンの箴言(補遺)

金曜日 30: 1~31:31 アグルとレムエルの言葉、有能な妻

【箴言について】

 箴言の目的は、人生の実際的な側面に光を当て、先代に蓄積された知恵を後の世代に伝えることにある。この知恵は、しばしば、日常生活の鋭い観察に基づいている。

 箴言の本論部分(10:1-22:16)は、ソロモンが語ったとされる短い格言的な言葉の集成からなる。ここで「箴言」と訳されているヘブライ語の言葉は、それに対応する英語(proverb)などよりもずっと広い意味を持ち、「ことわざ」や「神託」(どちらも、人間の知恵の集成に神が関与していることを示唆する)を意味することもある。

 聖書の伝承では、ソロモンは際立った知恵の持ち主だった。彼が「語った」格言は3000に上るとされる(列王記上5:12)。聖書の箴言に収められた格言はその7分の1にも上る。・・・

 箴言は、厳密に遵守されるべき律法として扱われるように意図されているわけではない。具体的な状況で人がどのように振る舞えばよいか、実際的な指針をあたえる為のものである。人間関係は非常に複雑なので、それに対処するためには識別力と知恵が必要である。

(マクグラス、264頁より)

【箴言の知恵】

 「知恵」がまず意味するのは、理論的・原理的な問題に答えることができるというよりは、日常生活でやっていける、物や人とうまくやっていくことができる能力である。・・・知恵とは一言で言えば経験知なのである。経験知は、生活の諸事象を観察し、比較可能なものを整理し、法則を認識することである。・・・知恵が目指すのは、危険と損害を遠ざけ、正しく、人々に認められる、成功した人生への道を見いだすことである。

知恵は、特殊イスラエル的なものではなく、オリエントに共通なものである。・・・知恵的思考というものは、長い歴史を持つ。それは、人生の経験を形成している個々の箴言(サム上24:14、箴10:1以下、25:1以下)からヨブ記の対話やコヘレトの言葉の中の長い、神学的な反省にまで及ぶ。

知恵は王の宮廷で培われたとも考えられるが、知恵はもともと家庭の中で、その教育にあったはずである。箴言の知恵は、誰でもが語りかけられており、特定の身分の者に対してだけではない。

 箴言の知恵は、経験を伝えるというその目的のために色々な語り方を使っている。それは、①事実を述べる言葉(マーシャル・格言ないし評決)、②比喩の言葉や直喩の言葉、③数を挙げる格言、④二つの事柄を対比させ、第一の事柄を肯定的に評価し、第二の事柄を否定的に評価する直喩のひとつの独特な形態(~ではなく、○○が良い)、⑤勧めの言葉などである。

 ソロモンの箴言は、おそらくもともと別々に集められたものから成り立っていて、箴言のテーマは多様である。しかし最終的には、神への畏れ-それは同時に神への信頼である-が正しい知恵である。

(シュミット、下巻224-233頁より)

【箴言1:7】 

「主を畏れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る。」

ヨブ記

  • ヨブ記通読にむけて

月曜日  1: 1~ 2:13  序・ヨブの紹介とヨブの試練の背景

火曜日  3: 1~14:22  ヨブの嘆きと第1回討論

水曜日 15: 1~21:34  第2回討論

木曜日 22: 1~31:40 第3回討論とヨブの潔白の誓い

金曜日 32: 1~37:24 エリフの弁論

土曜日 38: 1~42: 6  神顕現

    42: 7~42:17  終・ヨブの執り成しとヨブへの祝福

【ヨブ記について】

 ヨブ記は、旧約聖書のなかでは、どちらかといえば知恵文学に分類されますが、この書物は独特の形式を持ち、世界文学の中でも最も重要な作品の一つとして考えられています。ヨブ記は序と終の部分が散文的に、3:1~42:6の本文がヘブライ的韻文・詩文の形式で書かれ、それぞれの文が複雑に絡み合いながら、力強い表現で物語が進んでいきます。

 ヨブ記は人生の中の一つの重要な問題、「なぜ神は苦しみを許すのか」という問題提起をしています。しかし、ヨブ記が語る答えは、人生のあらゆる矛盾や混乱の中においても、「神は確かに存在される」ということです。神の御業、その御心は、人間が理解し得ないものであり、人間の憶測も議論も時にむなしいものでしかないことをはっきりと示しています。

 またヨブ記の物語は、イエス・キリストがなぜ死ななければならなかったのかという問いを私たちに思い起こさせます。その受難の苦しみの背後にある主の愛を少しでも知ることができる時、私たちは苦しみを許す神の深いご計画に触れることが出来るのだと思います。

(ATD11 ヨブ記緒論、マクグラス, 234-235頁参照。)

【ヨブ記の物語】

 ヨブは、無垢な正しい人で、神を恐れ、悪を避けて生きていました。また7人の息子と3人の娘、豊かな財産とたくさんの使用人を持った東の国一番の富豪でした。またヨブは、もし子ども達が罪を犯したら、そのことが許されるようにと執り成しと聖別を行い、一家の祭司的役割も担っていました。

 ある日、天上の会議の中に、地上を巡回していたと語るサタンが現れ、主は、地上にはヨブほど正しく生きている者はいないことに気づいたかとサタンに問います。しかしサタンは、ヨブが利益もないのに神を敬うでしょうかと問い返し、主はサタンがヨブの財産に触れることを許します。

しかしヨブは全てを奪われても、地にひれ伏して「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」と語り、神を非難することなく、罪も犯しませんでした(1章)。

そしてまたしばらくたって、再び主とサタンがヨブについて話し、サタンはヨブの命以外に触れることを許されます。ヨブは、この主とサタンのやりとりを何も知らないまま、今度は頭のてっぺんから足の裏までひどい皮膚病にかかり、灰の中に座り、素焼きのかけらで体中をかきむしり、激しい苦痛の中に置かれることになります。

ヨブの妻は、「どこまでも無垢でいるのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう」と言いますが、ヨブは、「わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」と語り、罪を犯すことはしませんでした(2章)。

しかしやがてヨブは嘆き、自分の生まれた日を呪います(3章)。 

そして嘆くヨブに向かって友人達が次々と慰めを語ろうとしますが、いつしかその言葉は、ヨブへの非難、自分の考えをヨブに認めさせようとするヨブを苦しめる言葉へと変わります(4~37章)。

しかし、ついに沈黙していた主が力強くヨブに語られます(38~41章)。


そしてヨブは、「あなたは全能であり/御旨の成就を妨げることはできないと悟りました。・・・わたしは塵と灰の上に伏し/自分を退け、悔い改めます。」と主に応えます。

主は、正しく語らなかった友人達に対しても怒りますが、ヨブが友人達の為に執り成しの祈りを献げると、主はヨブを元の境遇に戻し、そしてヨブは以前にもまして、主に祝福された生涯を過ごしました(42章)。

エステル記

  • エステル記通読にむけて

月曜日  1: 1~ 2:23  王妃の交代とモルデカイの働き

火曜日  3: 1~ 4:17  ユダヤ民族絶滅計画とモルデカイの信仰

水曜日  5: 1~ 8: 2  エステルの働きとハマンとモルデカイの逆転

木曜日  8: 3~ 9:19 ユダヤ民族の救いと復讐

金曜日  9:20~10: 3 プリム祭の制定とモルデカイの栄誉

【エステル記について】

聖書の中で、女性の名前が書物のタイトルになっているのは、このエステル記とルツ記の2つだけになります。エステル記はルツ記と同じように、ヘブライ語聖書においては「諸書」に分類され、「メギロート(巻物)」と呼ばれる五つの祭日に朗読される書物の一つです。(雅歌:過越祭、ルツ記:七週祭、哀歌:アブの月の9日・神殿破壊記念日、コヘレト書:仮庵祭、エステル記:プリム祭)

エステル(ヘブル語名は「ハダサ」でミルトスの意)は、ペルシア帝国スサの町(ネヘミヤが滞在していたとされる町)に、捕囚民として住むモルデカイ(ベニヤミン族)の養女として育てられましたが、ユダヤ人でありながら、ペルシア王の王妃としての地位が与えられます。

1章では、なぜエステルが王妃になることができるのかを説明する物語として王妃ワシュティーの退位物語が語られますが、2章からはエステルの歩みと並行して、モルデカイの物語が続きます。異教の地で、主なる神のみを礼拝するユダヤ民族の試練にあって、王や権力に近い場所に置かれた二人が、ユダヤ民族の代表としてどのように行動し、どのように決断していくのかを知ることができる書物です。また同時に、ヨセフ物語やダニエル書にも共通する、主の摂理とご計画、主によって与えられている信仰と知恵が豊かに描かれている書物でもあります。

【プリム(Purim)】

 プリムとは、ユダヤ暦においてアダルの月の14日に挙行される春の祝祭である。この祝祭はその聖書的な根拠を与えているエステル記と密接に関連しており、おそらく、ペルシア時代に生じたのであろう。エステルの物語の中で祝われている祝日としてプリムが再現するものは、ユダヤ人のアイデンティティとユダヤ人共同体に対する帝国の脅威、その帝国の脅威に対する勇ましくて巧妙な抵抗、ユダヤ人の驚くべき救出と名誉の回復である。プリム祭は、ユダヤ人の運命を決定した「くじ(ヘブライ語でPur)」を投げることからそう名付けられており、シナゴーグにおけるエステル記の朗読は当然なくてはならぬものとなっている。しかしながら、そのようなことを通り越して、この祝祭は解放されたユダヤ人のアイデンティティと自由を思う存分祝い喜ぶカーニバル気分を誘い、行為で表現する・・・。

比較的後代にユダヤ暦に入れられたこの祝祭は、ペルシア時代にユダヤ教が直面した脅威を映し出しているが、より広い視野で見れば、それはユダヤ人共同体が絶えずさらされていた支配的文化の脅威を映し出している。従ってプリムとは、ユダヤ人のアイデンティティが完全に解放されてもう恐れる必要がなくなった現実を、十分かつ公に明らかにするべく定期的に祝われる祭典であり、ユダヤ人のアイデンティティを抑制し制限し黙らせることを拒絶し、慣習的な政治的要請や社会的期待に服従させられることを拒絶する祭典なのである。(ブルッゲマン、388頁抜粋。)

【エステル記4章から】 「『この時にあたってあなたが口を閉ざしているなら、ユダヤ人の解放と救済は他のところから起こり、あなた自身と父の家は滅ぼされるにちがいない。この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。』エステルはモルデカイに返事を送った。『・・・私のために三日三晩断食し、飲食を一切断ってください。・・・私は王のもとに参ります。このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります。』」 

今週のみことば

  • ネヘミヤ記

月曜日  1: 1~ 4:17  エルサレムの城壁調査・妨害・再建

火曜日  5: 1~ 7:72  エルサレムの城壁再建の問題と完成

水曜日  7:72~10:40  エズラの説教と宗教復興

木曜日 11: 1~12:47 帰還した人々の再定住

金曜日 13: 1~13:31 ネヘミヤ不在時における悪習と規定の回復

【ネヘミヤ記について】

 ネヘミヤ記は、バビロン捕囚後のエルサレムの再建とユダにおける礼拝の復興を語るエズラ記の物語の続きの書物ということができます。エズラはバビロンから帰還しましたが、ネヘミヤはバビロンから約300km離れたスサという大都市から、エズラの帰還の約13年後の紀元前445年頃に帰還したと考えられています。

ネヘミヤは、アケメネス朝ペルシャの王であるアルタクセルクセス王に献酌官として仕えていたので、帰還の必要はありませんでしたが、ユダの人々の不幸に心を痛め、ユダの町の再建の為に、王の許可と便宜を受けて、ユダヤ属州の総督として派遣してもらいました。ネヘミヤは多くの困難に直面しながらも、主に祈りつつ、民が主に従うことができるように心と力を尽くした人物ということができます。

【仮庵(かりいお)祭(さい)・スコット】

仮庵祭は、過越祭、7週の祭りと共に、ユダヤ教3大祭の一つで、現在も大切に守られているお祝いです(レビ記23章参照)。大贖罪日(ヨム・キプール)の5日後から7日間、庭にスカーという仮小屋を建ててお祝いします。
 スコットとはスカーの複数形で、これはユダヤの民がエジプトから脱出し、荒野を旅した時代に、 仮庵に住んだことを記憶する祭りです。
エトログ(かんきつ類の果実)、ルラヴ(シュロの葉)、ハダサ(ミルトスの花)、アラボット(柳の一種)が飾られ、 スカーの中で食事をしたり寝たりして楽しく過ごします。・・・ そして、この祭の8日目にはシムハット・トーラー(トーラー歓喜祭)を行い、1年の朗読のサイクルが終わったことを感謝します。 シムハット・トーラーは、ディアスポラ(イスラエル以外の土地)では9日目に祝われます。

http://www.zion-jpn.or.jp/israel_culture02.htmlより引用。)

【タルグム】

ネヘミヤ記8章の7-8節において、「律法を民に説明し・・・神の律法の書を翻訳し、意味を明らかにしながら読み上げた・・・」という一文が記されています。つまりヘブライ語で聖書が読まれると同時に、その意味が分かるような形での説明があったということです。私たちにとっての説教と少し似ていますが、これはタルグム(=狭義ではアラム語訳聖書の意)であったのではないかと言われています。捕囚後、ヘブライ語の理解が難しくなった人々のために、聖書朗読の時には、人々の日常言語であるアラム語翻訳が一緒に朗読されていたと考えられているのです。そしてタルグムは、聖書の直訳だけではなく、独自の解釈が含まれた書物であったと考えられています。紀元前の時代から、聖書は全ての人に理解されるように読み伝えられていることを覚える時、時代を超えて、私たちにも日本語訳聖書や、沢山の聖書を理解するための書物が与えられていることに深く感謝したいと思います。

【ネヘミヤ記8章より】

「・・・民は皆、律法の言葉を聞いて泣いていた。・・・彼らは言った。『今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。』」

今週のみことば

★ エズラ記

月・火曜日 通読予備日       

水曜日  1: 1~ 2:70 捕囚からの帰還

木曜日  3: 1~ 6:22 神殿の再建

金曜日  7: 1~10:44 エズラのエルサレム帰還

【エズラ記について】  歴代誌上下は捕囚までの歴史が記され、捕囚後の時代をエズラ記・ネヘミヤ記が記しています。また「キュロスの勅令」が歴代誌下の終わり(歴代下36:22-23)とエズラ記の始め(エズラ1:1-4)に記されていることから、この書物は、もともとは一つの作品であったとも考えられています。  エズラ記は捕囚からの帰還とその民のリスト、神殿の再建と奉献の様子、エズラの帰還と捕囚後の共同体の創設について記されています。

【残りの者】  「残りの者」とは大惨事の後の生存者を指している。その概念は旧約聖書にときどき見出されるが、たとえ文献の周縁にあるとしても非常に重要である。自然なものであるにせよ、政治的軍事的なものであるにせよ、そのような大惨事はテキストの中では特徴的に神の怒りと審判に関係している。 災渦の後に残る者を予期することは、幸福や満足の文脈で述べられる場合には、不吉な脅威である。そのような用法では、現状が必ずYHWH(主)の審判の下で容赦なく崩壊させられる。こうした「残りの者」の使われ方が意味するのは「残りの者だけ」が生き残るということであり、それ以上ではなくて、今生きている幸福に暮らしている人が全員生き残るのではないということである。・・・ しかしながら、同じ言葉がまた肯定的な保証として機能することもある。つまり、審判の厳しさにもかかわらず、YHWHの憐れみと思いやりのゆえに、生き残るものがいるというわけである。神がその怒りを制限して、破局から保護した者がいるので、その破壊は完全なものとならないのである。・・・  残りの者という概念の両側面、すなわち否定的な側面としての審判と肯定的な側面としての保証が明らかにするのは、この世における生は暫定的で不安定であるということと、この世における生が良くなるか悪くなるかは神の意思に大いに依存しているということである。「残りの者」とは、すべての神の民の将来を最終的に決定するYHWHの審判や憐れみについて伝える手段なのである。  従って、残りの者という概念は、神の民の将来を確実に神の支配の中に置くので、極めて強く神学的なものである。その用語には社会学的イデオロギー的な影響力もある。前6世紀と5世紀に捕囚から帰還した小さなグループは、自分たちのことを神に愛され命を助けられた残りの者であって、そのためにイスラエルの古い伝承の唯一の正統的な伝達者であると理解していた(ハガ1:12-14, 2:2, ゼカ8:6-12)。イザヤ書中のいくつかの後代のテキストでは(イザ1:25-26, 4:2-4)、エズラ記の伝承(エズ9:8-15)と同様に、残りの者とはかなり特別な共同体のための自己理解や自己識別の手段である。この共同体は自らが、トーラーの命令に純真かつ厳格に従って生きるべき存在であることを知っている。このような民が、後に「敬虔なる者(ハシディーム)」として現れた人々、すなわち神の憐れみによって生き、喜んで従順に応答しようとする人々なのである。・・・ w.ブルッゲマン『旧約聖書神学用語辞典』小友聡/ 左近豊監訳、 日本キリスト教団出版局、2015、363-364頁より抜粋。

【エズラ記9章、エズラの祈りから】   「わが神よ、…わたしたちの罪悪は積み重なって身の丈を越え、罪科は大きく天にまで達しています。…わたしたちは、数々の大きな悪事と罪科のゆえに受くべき艱難をすべて受けましたが、わたしたちの神、あなたはわたしたちの重い罪悪をもそう重く見ず、わたしたちをこのように生き残らせてくださいました。… イスラエルの神、主よ、あなたは恵み深いお方です。だからこそ、わたしたちは今日も生き残りとしてここにいるのです。御覧ください。このような有様で御前に立ちえないのですが、罪深い者として、御前にぬかずいております。」

今週のみことば

★歴代誌上

月曜日  1: 1~ 9:44  イスラエルの初期の歴史

火曜日 10: 1~29:30 ダビデの治世

★歴代誌下

木曜日  1: 1~ 9:31 ソロモンの統治

金曜日 10: 1~36:23 ユダの歴史

【歴代誌について】

歴代誌は、ヘブライ語聖書では、諸書と呼ばれる部分の最後に置かれ、「日記、年代記」という書名になっています。

申命記史家によって書かれた申命記史書(ヨシュア記・士師記・サムエル記・列王記)に対して、歴代誌史家によって書かれた歴代誌史書がこの歴代誌とエズラ記、ネヘミヤ記と考えられています。  

歴代誌はサムエル記と列王記の物語と並行し、王国時代の歴史が書かれています。(マタイ・マルコ・ルカの福音書がそれぞれの視点から同じ物語を書き記しているのと似ています。)歴代誌史書は、申命記史書より後の時代に編集されたと考えられ(前300-前200年頃)、申命記史書にはない記事も記されています。

旧約学者であるM.ノートは、歴代誌史家が特に伝えたかったことは、ダビデの王権と、主を礼拝する祭儀の場所としてのエルサレム神殿の正当性を証明することであると考えました。また、捕囚後にエルサレム神殿を再建し(エズラ記)、そこで礼拝する者達が、「イスラエル」の正統的な後継者であることを証明しようとしているのではないかと考えています(ノート, 353頁)。

(M.ノート『旧約聖書の歴史文学』山我哲雄訳、1988、第2部参照。)

今週のみことば

  • 列王記上

月曜日  1: 1~11:43  ソロモンの統治

火曜日 12: 1~16:34  王国の分裂

水曜日 17: 1~22:53  エリヤの預言の時代

★列王記下

木曜日  1: 1~13:25 エリシャの預言活動

金曜日 14: 1~17:41 エリシャの死からイスラエルの捕囚まで

土曜日 18: 1~25:30 イスラエルの捕囚からユダの捕囚まで

(マクグラス、180-182頁。)

【列王記について】

イスラエルの王国の歴史は、サムエル記上下・列王記上下に記され、七十人訳聖書(LXX)では、王国1,2,3,4と呼ばれています。ダビデとソロモンの時代に、一つの王国として栄えた「イスラエル」でしたが、ソロモンの死後(列王記上12章以降)、「イスラエル」は、「北王国(イスラエル)」と「南王国(ユダ)」に分裂します(BC931-922頃)。そして「北王国(イスラエル)」は、BC722年、「南王国(ユダ)」はBC587に滅亡します。その後、イスラエル(ユダ)の人々は、捕囚民としての生活を強いられますが、帰還が許されたあとに、エルサレム神殿を再建します(BC516-515頃)。しかし、それは「イスラエル」の国の再建ではなく、ペルシア帝国、ローマ帝国の支配下に置かれた「ユダヤ州(属州)」の中で生きる人々の歩みであり、再び「イスラエル」の国が再建されたのは、1948年になってからでした。

列王記は、なぜ「イスラエル」は分裂し、約束の地を失わなければならなかったのか、という問いに答えるようにイスラエルの歴史を語っています。しかし同時に、主は人々を憐れみ続け、預言者を遣わし、神様の言葉を示し、民が主に立ち返り歩む道を備え続けて下さっていることを伝える、希望の書物とも言うことができるのではないでしょうか。

今週のみことば

 ★ サムエル記下
月曜日         サムエル記上(予備日・復習日)
火曜日  1: 1~ 6:23 ダビデ,イスラエルの王として油を注がれる
水曜日  7: 1~12:31 ダビデの治世
木曜日 13: 1~19: 8 アブサロムの反逆
金曜日 19: 9~24:25 ダビデの治世の最後の時代
【サムエル記について】
サムエル記上・下は、七十人訳聖書(LXX・ギリシア語訳)では、「王国1・2」と呼ばれています。また列王記上・下が「王国3・4」となり、この4書に「イスラエル(イスラエルとユダ)」王国の歴史が記されます。
士師記までの時代には、イスラエルに王様はなく、主ご自身が王として、イスラエルの民を導きました。また士師や祭司、預言者を通して語ってくださいました。しかし人々は、周りの国々と同じような王制を求め、主はサムエルに、ベニヤミン族のサウルに王として油を注ぐことを許します(油を注がれた者=メシア=キリスト・民の贖いの為に神に任命された者という意味を持つようになります)。サウルがイスラエルの最初の王様として統治します(年代に関しては諸説ありますが、キリスト教学校教育同盟編『旧約聖書の教え』創元社2015ではBC1020~1000です)。しかし、サムエルが献げるべき犠牲をサウル自身が献げてしまったことにより、主はサウルを王位から退けて、サムエルは、ダビデに油を注ぐことになります。主は、ダビデとダビデの子孫を祝福することを約束し、イスラエルには、ダビデ以上の王様は現れなかったと言っても過言ではありませ。しかしそのダビデの人生でさえも、失敗と悔い改めが繰り返され、主の憐れみを受け続けた人生でした。ダビデの歌とされる詩編の中には、絶望の中においても、主の真実に希望を見いだす信仰があります。
またサムエル記には、ハンナの祈り、少年サムエル、ダビデとゴリヤテ、ダビデとヨナタンなど教会学校では良く読まれる物語が記されています。
(マクグラス、158-178頁参照。)


【イスラエルとユダについて】
イスラエルは時代によって、様々な意味を持っています。たとえば、①ヤコブの別名が〔イスラエル〕創32:29であり、②ヤコブの子孫が「イスラエル」の12部族であり、「イスラエル」の共同体とされてきました。「イスラエル」の12部族は、神様の約束の土地であるカナンの地に入ると、③約束の地全土を『イスラエル』と呼んでいました。
しかし、北の土地に住む部族(サウルの支持者)と南の土地に住む部族(ダビデの支持者)の間に戦いが起こった為、④北の土地と北部の部族を{イスラエル}⑤南の土地と南部の部族を{ユダ}と呼ぶようになります。
しかしダビデとソロモンの時代は、⑥{④イスラエル}も{⑤ユダ}も、「②イスラエル」/『③イスラエル』という一つの国(統一王国)でした。
その後「イスラエル」王国は分裂して、⑦《北王国イスラエル》と⑧《南王国ユダ》となります。
またイスラエル人とは現在のイスラエルの人々のことを指すと同時に、聖書の時代では、アブラハム・イサク・ヤコブの子孫、つまり「イスラエル」の人々を指します。またユダヤ人とはユダ部族だけを指す言葉ではなく、北王国イスラエルの滅亡後に南王国ユダだけが残ったために、やはり「イスラエル」の人々を指す言葉として用いられます。ヘブライ人/ヘブル人とは「向こう側から来た者」という意味で、異国民としての「イスラエル」を指し示すために、イスラエル人=ユダヤ人=ヘブライ人/ヘブル人であり、文脈の中で何を強調しているかによって使い分けていると考えると分かりやすいかもしれません。

【サムエル下7章から】
「主なる神よ、取るに足りない私と、私の家を、ここまで導きくださるのは、なぜでしょうか。主なる神よ、あなたの目には、これさえも小さなことにすぎません・・・それゆえ、僕はこの祈りをあなたに献げる勇気を得ました。」