エステル記

  • エステル記通読にむけて

月曜日  1: 1~ 2:23  王妃の交代とモルデカイの働き

火曜日  3: 1~ 4:17  ユダヤ民族絶滅計画とモルデカイの信仰

水曜日  5: 1~ 8: 2  エステルの働きとハマンとモルデカイの逆転

木曜日  8: 3~ 9:19 ユダヤ民族の救いと復讐

金曜日  9:20~10: 3 プリム祭の制定とモルデカイの栄誉

【エステル記について】

聖書の中で、女性の名前が書物のタイトルになっているのは、このエステル記とルツ記の2つだけになります。エステル記はルツ記と同じように、ヘブライ語聖書においては「諸書」に分類され、「メギロート(巻物)」と呼ばれる五つの祭日に朗読される書物の一つです。(雅歌:過越祭、ルツ記:七週祭、哀歌:アブの月の9日・神殿破壊記念日、コヘレト書:仮庵祭、エステル記:プリム祭)

エステル(ヘブル語名は「ハダサ」でミルトスの意)は、ペルシア帝国スサの町(ネヘミヤが滞在していたとされる町)に、捕囚民として住むモルデカイ(ベニヤミン族)の養女として育てられましたが、ユダヤ人でありながら、ペルシア王の王妃としての地位が与えられます。

1章では、なぜエステルが王妃になることができるのかを説明する物語として王妃ワシュティーの退位物語が語られますが、2章からはエステルの歩みと並行して、モルデカイの物語が続きます。異教の地で、主なる神のみを礼拝するユダヤ民族の試練にあって、王や権力に近い場所に置かれた二人が、ユダヤ民族の代表としてどのように行動し、どのように決断していくのかを知ることができる書物です。また同時に、ヨセフ物語やダニエル書にも共通する、主の摂理とご計画、主によって与えられている信仰と知恵が豊かに描かれている書物でもあります。

【プリム(Purim)】

 プリムとは、ユダヤ暦においてアダルの月の14日に挙行される春の祝祭である。この祝祭はその聖書的な根拠を与えているエステル記と密接に関連しており、おそらく、ペルシア時代に生じたのであろう。エステルの物語の中で祝われている祝日としてプリムが再現するものは、ユダヤ人のアイデンティティとユダヤ人共同体に対する帝国の脅威、その帝国の脅威に対する勇ましくて巧妙な抵抗、ユダヤ人の驚くべき救出と名誉の回復である。プリム祭は、ユダヤ人の運命を決定した「くじ(ヘブライ語でPur)」を投げることからそう名付けられており、シナゴーグにおけるエステル記の朗読は当然なくてはならぬものとなっている。しかしながら、そのようなことを通り越して、この祝祭は解放されたユダヤ人のアイデンティティと自由を思う存分祝い喜ぶカーニバル気分を誘い、行為で表現する・・・。

比較的後代にユダヤ暦に入れられたこの祝祭は、ペルシア時代にユダヤ教が直面した脅威を映し出しているが、より広い視野で見れば、それはユダヤ人共同体が絶えずさらされていた支配的文化の脅威を映し出している。従ってプリムとは、ユダヤ人のアイデンティティが完全に解放されてもう恐れる必要がなくなった現実を、十分かつ公に明らかにするべく定期的に祝われる祭典であり、ユダヤ人のアイデンティティを抑制し制限し黙らせることを拒絶し、慣習的な政治的要請や社会的期待に服従させられることを拒絶する祭典なのである。(ブルッゲマン、388頁抜粋。)

【エステル記4章から】 「『この時にあたってあなたが口を閉ざしているなら、ユダヤ人の解放と救済は他のところから起こり、あなた自身と父の家は滅ぼされるにちがいない。この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。』エステルはモルデカイに返事を送った。『・・・私のために三日三晩断食し、飲食を一切断ってください。・・・私は王のもとに参ります。このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります。』」 

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