クリスマス礼拝・2021年12月19日の説教要旨

詩編2:1-12・ヨハネ福音書1:1-14

              「輝 く 光」         加藤秀久 伝道師

*はじめに

 旧約聖書の創世記の初めには、神様が天地を創造され、その創造は混沌(こんとん)とした地の闇の中から神様の「光あれ」との言葉で始まったことを伝えています。その言葉により、地上は光と闇とに分けられ、神様は光を昼と呼び、闇を「夜」と呼ばれた(5節)とあります。

本日のヨハネ福音書は、「初めに言(ことば)があった」と記されています。

 この神様の言葉によって私達も今ここに存在しています。そして私達は今日、イエス様のお誕生の出来事を聞くために、又、お誕生をお祝いするためにここに集まって来ています。

*イエス様の誕生の出来事

イエス様は、父なる神様から出た「(ことば)」と共にあり、人の姿をした神であり、私達生きる者達に命を与えてくれるお方、輝く光となるお方です。神様はこの「(ことば)」を通して私達人間がお互いに意思や感情、考えを伝え合うことが出来るようにして下さいました。

 イエス様の誕生は、皇帝アウグストゥスの「住民登録をせよ」との命令から始まります。ナザレに住んでいたヨセフとマリアは、登録のために、ベツレヘムへ向かうことになりました。妊娠中のマリアにとってベツレヘムへの道のりはとても大変な移動であったに違いありません(約136km)。しかし神様はこうしてヨセフとマリアをイエス様の誕生の地ベツレヘムへと導いたのでした。そしてベツレヘム滞在中にマリアは月が満ちて、イエス様誕生の時を迎えますが、どこの宿屋もいっぱいだったため、家畜小屋に泊まることとなり、生まれた子供は「飼葉おけ」に寝かせることになりました。これがイエス様の誕生の出来事です。

*神様の定められた時

本日の詩編2編1-12節では、神様の定められた時に、来るべきお方、神様の子、イエス様が生まれることが述べられています。新約聖書の記者達は、この詩編は、神の子の到来を指し示していると考えます。

特に7節の「お前はわたしの子、今日、わたしはお前を生んだ」との「今日」は「その日」とも訳すことが出来、神様によって「定められた日」、神様によって「しるし付けられた特定の日」を意味していて、私達人間には変えることの出来ない神様の御計画の中で起こっている、前もって定めた「その日」があることを意味します。

本日のクリスマス礼拝も神様を礼拝する大事な「その日」でもあります。

12節では、「その日」を頼りにし、お祝いし、主を避けどころとする者は幸いであると私達に伝えているのです。

*「今日ダビデの町(ベツレヘム)で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである」(ルカ2:11)

 神様は、初めに私達に何を与えて下さっているのでしょうか。

神様は、神様の栄光をこの地上に輝かせるため、私達を罪から救うため、愛する独り子イエス様をお与えになりました。この救い主の誕生がなければ、私達の救いの出来事や救いの体験も起こりません。

 神様は、ご自身の約束に従って、神である御子をこの時=今日という時間の中へ(歴史の中へ)と送り込まれました。そして御子イエス様は人間として最も弱い立場である赤ちゃんとして生まれ、その生涯の終りには人間としての恥を受け、人々から見下されて、十字架に架かり、死ななければなりませんでした。この出来事はすべて、私たち生きる者のための、神様の御計画の中で起こったことでした。

*「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」(5節)

「しかし、言(イエス様)は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々  には神の子となる資格を与えた」(12節)

 人々は、この世の忙しさ 楽しさ 誘惑に心が奪われ、光として来られたイエス様を知ろうともしません。けれどもイエス様を受け入れて信じた者は「神によって生れて」(13節)「神の子とされ」ています。神の子とされた私逹の内にはイエス様が宿られていて、私達はイエス様の恵みと真理に満ちている御子の栄光を見ることが許されているのです!

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