2022年12月18日の説教要旨 創世記18:1-15・ルカ1:26-38

「主イエスの誕生予告」     加藤 秀久牧師

*はじめに

 本日の創世記には、アブラハムが天幕の入口に座り、目を上げて見た時、そこに三人の人が枯れに向かって立っていたとあります。アブラハムはすぐに天幕の入り口から走り出て迎え、ひれ伏して歓迎しました。6節からは、アブラハムの最大のもてなしを見ることができます。上等の小麦粉で作った「パン菓子」と柔らかくておいしそうな「子牛」の料理で もてなし、しかもアブラハムは立って彼らの世話をしたことが述べられています。アブラハムの態度は極めて礼儀正しく、当時の遊牧民逹にとっての旅人への礼儀であり、風習や文化も大切にしていたように思われます。

*三人の客人

 この客人の訪問の目的は、「わたしは来年の今ごろ、必ずここにまた来ますが、そのころには、あなたの妻のサラに男の子が生まれているでしょう。(10節)」という予告をするためでした。

アブラハムに子が与えられるとの約束は、15章で「あなたから生まれる者が跡を継ぐ。(4節)」と言われ、さらに17章で「わたしは彼女(妻サラ)を祝福し、彼女によってあなたに男の子を与えよう。(16節)」と、神様から聞いていましたが、今回の訪問では「来年の今ごろ」という時期として「一年後」が示されています。しかしアブラハムは男の子が生まれることを初めて聞いた時、「ひれ伏した。しかし笑って、ひそかに「百歳の男に子供が生まれるだろうか。」(17章)と言っています。サラも本日の箇所で、「すぐ後ろの天幕の入り口で聞いて」「ひそかに笑った」(18:10・12)と記されています。

主はアブラハムに、「なぜサラは笑ったのか」と問いただし、続いて、その理由を、主自らが語ります。「なぜ年を取った自分に子供が生まれるはずがないと思ったのだ」と。そして笑ってしまった根本的な理由を明らかにされます。「主に不可能なことがあろうか。」と。

このあと、21章の1~2節には、「主は、約束されたとおりサラを顧み、さきに語られたとおりサラのために行われたので、彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を産んだ。」と記されています。

神様の約束はこうして実現していきました。

*祭司ザカリアと処女マリア

先週学んだ祭司ザカリアは、アブラハムとサラのように、主の言葉を受け止めて信じることが出来なかったため、子供が誕生するまで口が利けなくなりました。

本日のルカ福音書では、マリアが、「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」との、天使ガブリエルの言葉に戸惑い、何のことかと考え込みました(28節)。続く天使の言葉は「恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい」でした。この言葉を聞いたマリアは、自分は男の人を知らないので、それはあり得ないと答えますが、天使が、ザカリアの妻のことを伝えて「神にできないことは何一つない。」と言われますと、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(38節)と答えています。

*マリアの言葉から見えるマリアの信仰

 マリアの生まれながらに備わっている性格は、心が素直であるだけではなく、とても考え深く物事をきちんとわきまえていて、又、自分ではよく分からないことに対しては、いったん心に納めて考えるという慎重さが見られます。マリアの、天使ガブリエルに応えた言葉は、彼女自身の信仰の深さ、真実の出来事をしっかりと受けとめようとしています。この、「お言葉どおり、この身に成りますように」との神様への信頼の言葉は、イエス様のゲッセマネの祈り「わたしの願いではなく、御心のままに行ってください (22:42)。」と重なります。神様はマリアの信仰をご存じで、イエス様の母としてふさわしいと選ばれたのでしょう。

お言葉どおり、この身に成りますように」は、いつの時代でも、今日の、この礼拝においても私達の信仰の基準です。神様からの聖なる霊の助けをいただいて、この信仰に立ち、クリスマスをお迎えしましょう。

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