2022年12月11日の説教要旨 創世記17:15-22・ルカ1:5-25

「ヨハネの誕生予告」     加藤 秀久牧師

*はじめに

私達は何かしたいことがある時、計画を立てて、少しずつ準備をしていきますが、神様はどのようにイエス様をこの世界に遣わす準備を進めて来られたのでしょうか。アドベント(待降節)第一週目はイエス様の父・ヨセフに注目して聖書に耳を傾けましたが、本日は、イエス様の母マリアと親戚関係にあるエリサベトの夫・ザカリアに注目して、イエス様の誕生を待ち望むこの季節にふさわしいみ言葉に耳を傾けたいと思います。

*祭司ザカリア

ザカリアと妻エリサベトは神様の前に正しい人でした。しかし二人の間には子供がなく、すでに年を取っていました。当時の祭司は24組に分かれ、組ごとに1週間の当番が割り当てられ、ザカリアの組が当番になった時、「香をたく係」がザカリアに割り当てられました。

神殿に大勢の人が集まった祈りの時間、ザカリアはただ一人、香をたくために聖所の中に入りました。ザカリアが香をたいている間、大勢の民衆は外で祈りをささげていました。すると聖所では主の天使が現れ、香壇の右に立ちました。ザカリアは不安になり、恐怖の念に襲われました。

*喜ばしい知らせ

 主の天使ガブリエルは、「わたしは、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされた」(19節)と語り、ザカリアの妻エリサベトに男の子が生まれることを告げて、その子の名前をヨハネと名付けるようにと言いました。

さらに「その子は、主に先立って行き、人々を主のもとに立ち帰らせ、準備の出来た民を 主のために用意する者となる」(預言者エリヤのように)ことが語られました。ザカリアにとって、この知らせはこの上もない喜びになるはずです。しかし彼は、天使の言葉をすぐに信じることが出来ませんでした。夫婦は年を取っていたからです。けれどもザカリヤは祭司でしたから、イスラエルの歴史の中では、老年のアブラハムとサラに約束の子が与えられたことやサムエルの母ハンナのことも知っていたでしょう。

それでも彼は、天使の言葉をすぐには受け入れられなかったのです。

その結果、天使の予告が実現する迄、彼は口がきけなくなりました。

*わたしたちの戸惑い=不信仰

ザカリアはなぜ、天使の言葉をそのまま信じることが出来なかったのでしょうか。私は、ザカリアに「戸惑う気持」があったからではないかと思います。「その子をヨハネと名付けなさい」との命令は、ユダヤ人社会では子供の命名は父親の責任でしたから、これまでの伝統や慣習を打ち破る出来事になり、さらに、与えられる子供がザカリア自身が大切にしてきた祭司の家系を継ぐ者となるのではなく、異なる使命である「預言者」の務めを担うことになる・・との「戸惑い」です。

 私自身、かつて献身したい気持が与えられた一方で、違う方向へと、父親が言うような将来に向けて世界をたくさん見たい、などの気持があったと思います。それだからこそ神様は、私に待つこと、神様の計画の時まで忍耐と希望を持って「待つ」ことを教えて下さったと思います。

*妻エリサベト

 ザカリアの務めの期間が終った後、妻エリサベトは「身ごもりか月の間身を隠していた」(24節)ので、彼女の身に起こったことは噂されることもありませんでした。彼女は、神様の行われるご計画を人々に報告することは、自分の役目ではないと考えていたことでしょう。そして、このことは、神様のご計画がおおやけになり、神様の恵みがイスラエルの人々に、何を準備しているのか、何を示すのかを「神様自らが教えて下さる」と考えていたのかもしれません。彼女は「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」と告白します(25節)。当時の社会では子供が出来ないことは、自分の祈りが神様から退けられて恥ずべきことと考えていたので、大きな苦しみとなっていたことでしょう。しかし神様の大きな恵みにより、今は息子が与えられる喜びで、すべてが素晴らしいものに変わっていきました。さぁ、私達も神様の御計画を思い起しつつ、希望を持ってイエス様のお誕生をお迎えする準備を整えて参りましょう。

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