2021年7月18日の説教要旨 創世記21:9-21・ロマ書9:19-28

「全てのものの神」    加藤 秀久伝道師

*はじめに

アブラハムは、神様の前に正しい人でした。神様はアブラハム祝福し、彼の子孫も祝福することを約束されました。けれども妻サラには長い間、子供が生まれなかったため、サラはエジプト人の女奴隷ハガルをアブラハムの側女としました。ハガルはイシュマエルという男の子を産みました。しかし神様はアブラハムに、「あなたの妻サラが、あなたとの間に男の子を産む。その子をイサクと名付けなさい。わたしは彼と契約を立て、彼の子孫のために永遠の契約とする。」と言われて、サラから生まれる子供が、約束の子供であることを告げました。

*アブラハムから生まれたイサクとイシュマエル

 そしてアブラハムとサラに、主によって約束された子供・イサクが与えられます。子供が与えられることは私達を笑顔にさせてくれますが、この出来事は、イサクが乳離れをした頃に様子が変わります。サラはイシュマエルがイサクをからかうのを見て、アブラハムにハガルと息子を追い出すように願い出ます。アブラハムはこのことで苦しみましたが、神様はアブラハムに「苦しまなくてもよい。アブラハムの子孫はイサクから出る者が継ぐ。イシュマエルも一つの国民の父とする。」と、約束されました。

*ハガルと息子

 アブラハムは翌日の朝早く、パンと水の革袋をハガルに与えて息子と共に送り出しました。ハガルは荒野をさまよい水が無くなると、子供を灌木の下に寝かせ、自分は少し離れた所で死を覚悟して座ります。神様は子供の泣き声を聞き、天から御使いを遣わしてハガルに呼びかけます。「行ってあの子を抱き上げ、しっかり抱き締めてやりなさい。わたしは、必ずあの子を大きな国民とする」と伝え、ハガルの目を開き、水のある井戸を見つけさせたので、彼女は窮地を脱しました。こうして神様が二人と共におられたので、彼は成長し、母ハガルはエジプトからイシュマエルの妻を迎え、イシュマエルは、イスラエルとは異なる民族の祖となったのでした。

*パウロの悲しみと痛み

 ロマ書の著者パウロは、同胞であるイスラエルの人々の魂の救いを心から願っておりました。9章2節には「わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。」とあり、パウロはイスラエルの人々の 少数の人だけがイエス様を信じて受け入れ、他の人々はイエス様を信じようとしなかったことに心を痛め、悲しみの感情に捉えられています。イエス様はイスラエルの人々の神であり、主であられます。イスラエルの人々には、神の子としての身分や律法、約束などが与えられており、肉によればイエス様も彼らから出られました。

しかし6節で「イスラエルから出た者が皆、イスラエル人ということにはならない」とあるように、アブラハムの子孫だからといって皆が神様との正しい関係にあることの保証にはならないことを本日の聖書箇所 <焼き物師と粘土の関係> を通して教えています。

*「怒りの器」から「憐れみの器」へ

 焼き物師と粘土の関係を考えればわかるように、「すべてのことは器を造る造り主に権限がある」(21節)こと、私達は本来「怒りの器」として滅びることになっていた(22節)にもかかわらず、神様は寛大な心で耐え忍ばれ、それも、「憐れみの器」として栄光を与えようと準備しておられた者達に、ご自分の豊かな栄光をお示しになるためだと語ります。

*焼き物師と粘土(ねんど)

 「造られた物が造った者に『どうしてわたしをこのように造ったのか』と言えるだろうか」(20節)と、焼き物師である神様には造り主としての用途があることを示します。神様は人を不当に扱うことはなさらず、「わたしは自分が憐れもうと思う者を憐れみ、慈しもうと思う者を慈しむ」と言われます(15-16節)。滅びゆく道へと歩んでいた私達は、「ただキリスト・イエスによる贖(あがな)いの業を通して、神の恵みにより、無償で、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義」(3:21-24)をいただいた、神様に造られた者達です。 この神様に信頼を置き、神様の示される道を今週も進んで参りましょう。

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