2022年3月13日の説教要旨 エレミヤ書2:1-13・エフェソ6:10-20

悪との戦い」    加藤 秀久伝道師

*はじめに

エレミヤ書1章4節以下にはこのようにエレミヤが告白しています。

主の言葉がわたしに臨んだ。わたしはあなたを母の胎内に造る前から あなたを知っていた。母の胎から生まれる前に わたしはあなたを聖別し 諸国民の預言者として立てた。』」

 エレミヤに命じられた使命は、諸国民の預言者となることであり、それはすでに、エレミヤが生まれる前から神様が定めた職業でした。これに対してエレミヤは、「私は若者に過ぎません」と応答します。しかし神様は「彼らを恐れるな。わたしがあなたと共にいて必ず救い出す」と約束されて励まし、語るべき言葉をエレミヤに授けました(同 8-9節)。

*エレミヤの生きた時代

 かつてイスラエルの民がエジプトで奴隷であった時、神様は人々の叫びを聞いて、指導者モーセを送り、エジプトから救い出しました。旅の中でモーセを通して与えられた十戒を聞いたイスラエルの民は、その言葉にすべて従うことを約束しました。彼らは、荒野の40年間の旅を通して主に養われ、成長し、自分達のアイデンティティー(自分が、一人の人格として存在していること、民族としては、他者から区別される独自の性質・特徴)を見出していきました。そしてこの旅を通し、神様は自分達と共におられる唯一の神であることを知り、神様との信頼関係を築いていきました。その時のイスラエルの民について、神様はこう語られています。

わたしは、あなたの若い時のまごころ、花嫁の時の愛、荒れ野での従順を思い起こす(2章2節)」と。

けれどもエレミヤが召命を受けて、預言者として活動していた時代は、イスラエルの民は、カナンの地に入り、カナン人の信じるバアル信仰(農耕神)の影響を受けて、主を捨てて他の神々に香をたき、偶像にひれ伏し、主に向かう「初めの愛」から離れてしまっていました。当時の祭司達も「主がどこにいるのか」とは尋ねず、探さず、教育者達も主を知らず、王や指導者達、預言者達までも、無価値のものに心を奪われていました(2章5節~)。 ここに、すべてのイスラエルの罪があります。

*主の語りかけ

 2章の初めには、1章4節と同じ様に「主の言葉がわたしに臨んだ。」と、主の語りかけの言葉から始められています。「主の語りかけ」とはどのようなものでしょうか。私達が心を静めて神様に思いを向ける時、主の霊、聖霊を通して神様の思い、神様の行動を知ることが出来ると思います。神様の霊の中に置かれる時、私達の本来あるべき姿を知らせ、神の子供として自由になり、私らしい輝きを放つことができるようになり、神様との関係が深まることで神様の愛をさらに深く感じていきます。

*神様との関係の回復

 神様とイスラエルとの約束は、自分の意志で選択できるものでした。同時に悪に対しては裁きがあり罰を伴いました。神様から離れた民に残された選択は、犯した罪に目を留め、悔い改め、再び主を知ること、すべてを神様の前に明け渡すことです。これが神様との関係を回復する唯一の道です。エレミヤは人々に神様に立ち帰るように語り続けました。

*悪との戦い

神様を信じる者達が主に拠り頼み、主との関係を築き上げることで主と結ばれて、主の偉大な力を身にまとうことが出来ることを、本日のエフェソ書は教えています。一方で、神様の霊を受けることによって、この世の霊の力、悪の力と戦わなければなりません。私達は悪魔の働きかけに気をつけて、神の武具を身に着けるように教えられています。

それは、私達が神様を信じた時、イエス様を救い主として受け入れた時に、すでに神様の力である聖霊をも受け入れています。この霊の力は日々の生活の中で、祈りをしている時、聖書を読んでいる時、讃美をしている時など、私達が神様とより深い関係、近い関係にあればあるほど大きくなります。それと共に私達には、悪の力から勝利されたイエス様がおられます。私達は、神様との関係づくりを大切にして、神様に愛されている者として、喜びを持ちつつ今週の歩みを始めて参りましょう。

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