3月25日の説教要旨 「十字架への道」 牧師  平賀真理子

ゼカリヤ書9:9-10 マルコ福音書14:32-42

はじめに

今日から受難週です。受難週は受難節の最後の週ですが、受難節の中にありますから、「克己・修養・悔い改め」という目標は継続されます。教会での礼拝でそのように決意しても、私達はこの世の生活に戻れば、迫りくる仕事や人間関係に埋没して、この目標を忘れることが多いのではないでしょうか。私達は忘れっぽさという弱さを抱えています。

 

エルサレムの人々の忘れっぽさと主の決意

イエス様がこの世を歩まれた約2000年前のユダヤ人達も忘れっぽいようでした。イエス様がエルサレムの都にお入りになった日に、この都の民衆の多くが、イエス様こそ神様が約束なさった「救い主」だと期待し、「大歓迎」の意を表す棕櫚の枝を振って迎えるという出来事がありました(「棕櫚の聖日」の由来)。ところが、その5日後には、彼らは宗教指導者達に扇動されて、イエス様を十字架につけるように叫び出したのです。何という忘れっぽさ、変わり身の早さでしょうか!

一方、イエス様はこれ以前から、一貫して、御自分は「人々の罪の贖いのために死ぬ定め」と弟子達に語り続けてこられ、十字架にかかる都に入る時も、「時が来た!」と決意をもって進まれたと思われます。

 

この時のイエス様御一行の「過ぎ越しの食事」=「最後の晩餐」

この時は、ユダヤ人達が「過ぎ越しの祭り」を祝う週でした。神様がユダヤ達を苦境から救ってくださった「出エジプト」という出来事を覚える祭りを行う時でした。特に、木曜日には「過ぎ越しの食事」を身近な人々と共に取る習慣がありました。イエス様御一行も、その食事をしました。これがいわゆる「最後の晩餐」と言われるものです。

 

ゲツセマネの祈り

この後、「ゲツセマネの祈り」の出来事が起こります。「ゲツセマネ」とはエルサレムの中心から少し離れた園で、イエス様一行はここで度々祈っていたと思われます。「十字架の時」が刻一刻迫る中、イエス様は、十字架の死を受け入れるために、祈りにおいての苦闘をなさいました。

 

模範となる祈り

イエス様は「十字架の死」が神様の御心だと重々御存じでしたが、一方では、神様がそれを避けるようになさってほしいという本心を注ぎ出す祈りを献げるためにゲツセマネに来られました。しかし、祈りを通して、主が最終的にたどり着いたのは、「御心のままに」という御言葉でした。イエス様の神様に対する、この祈りは私達信仰者の模範となる祈りです。本心を隠さず打ち明けていいのです。(これ程に苦しんだ御方に向かって私達は祈れるのです。同じ経験をされた主だから、苦しみをわかってもらえると信頼して思いを注ぎ出せるのです。)しかし、最後には「神様の御心のままに」と神様の御心に自らを委ねる姿勢が必要です。

 

主の必死の祈りに対して、主要な三弟子達は居眠り!

また、ここで注目したいのは、主に伴われた、主要な三弟子「ペトロ・ヤコブ・ヨハネ」の姿です。イエス様は、彼らに単に近くに居てほしいと言うだけでなく、御自分が悲しみ、苦しみ、悶えながらも必死に祈る様子を見せ、今後の出来事の重大性を認識する最後のチャンスをお与えになったと見ることができると思われます。イエス様が大事な祈りの間に3回も彼らの様子をご覧になりに来られたのです。ところが、彼らはこの重大な局面で眠ってしまっており、3回ともイエス様にそのことがばれてしまったのでした。「心は燃えても、肉体は弱い」(38節)とあるように弟子達は疲れていたと想像できます。また、「誘惑に陥らないよう、目を覚まして祈っていなさい」(38節)の御言葉からわかるのは、霊的に、サタンが彼らを狙い、眠くなるように試みたと見ることもできるでしょう。弟子達が神様の御子を支えることを妨害しようとしたのです。

 

主を支えられない弟子達⇒主の孤独な十字架への道

神様の御計画を前に、地上で主を霊的に支える人が一人もいない、その状況下で、救い主の死が霊的に最終決定し、この世の現実として展開していったと私は思います。主の孤独な十字架への道が決定してしまったのです。しかし、私達はこの三弟子を決して責めらません。自分も同じような愚かさや弱さを抱えていると知っているからです。そのような「私」のために十字架にかかられた主に、更に感謝を献げましょう。