2020年11月15日の説教要旨 申命記18:15-22・使徒言行録3:11-26

「救いの力」       加藤 秀久伝道師

*はじめに 

本日の旧約聖書 申命記は、「モーセはイスラエルのすべての人にこれらの言葉を告げた」(1:1)とあるように、モーセによってなされた訣別説教(遺言)のかたちで記されています。本日の箇所には「あなたの神、主はあなたの同胞の中からわたしのような預言者を立てられる。あなたたちは彼に聞き従わねばならない。」と、神様がモーセのような預言者をこれからも立てて下さるとの約束が述べられ、イスラエルの民は預言者の言葉に聞き従うように命じられており、預言者に聞き従わない民にはその責任を追及すると警告されます。他方、預言者が自分勝手の預言や他の神々の名によって語るなら、その預言者は死ななければならないと告げています。

*聖霊が降る(使徒言行録2章)

 イエス様が天に昇られ、五旬節に弟子達が心を一つにして祈っていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、座っていた家中に響きました。そして炎のような舌が現れ、一人一人の上にとどまりました。すると一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに他の国々の言葉で話し出しました。そうです!弟子達は聖霊を、身体の中に宿したのでした。ペトロはイエス様と一緒にいた時よりも大胆になり、身体の中から聖霊の力を感じながら、周りに来ていた人達に話し始めました。ペトロは聖霊の力により変わりました。人々も神様の力を感じたはずです。

*「キリストの名によって」癒される

本日の新約聖書では、イエス様の「御名」に力があることが記されています。3章の初めには、ペトロとヨハネが午後三時の祈りの時に、神殿に上った時の出来事が記されています。生まれながら足の不自由な人が、神殿の境内に入る人達に施しを乞うため、門のそばまで運ばれて来ました。そして境内に入ろうとするペトロ達に物乞いをしました。ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て「わたしたちを見なさい」と言いました。その男は何かもらえると思い、二人を見つめているとペトロは彼に言いました。

わたしには金や銀はないが持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」。そして右手を取って彼を立ち上がらせました。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして躍り上がって立ち歩き出しました。そして躍ったりしながら神様を賛美し、二人と一緒に境内に入っていきました(3:1-10)。彼は、身体の中に聖霊が宿ったのを感じて神様をたたえずにはいられなかったのだと思います。民衆は皆驚き、足が治った人が ペテロとヨハネに付きまとって神様を称えているので一斉に集まって来ました。

*ペトロの説教

ペトロは「なぜこのことに驚くのですか。私達がまるで自分の力や信心によってこの人を歩かせたかのように、私達を見つめるのですか。」と言い、この癒しは、イスラエルの民が殺した「イエス・キリストの『み名』を信じる信仰」による癒しであったと証ししたのです。ペトロはさらに、かつてモーセが語った言葉「神は、わたしのような預言者をあなた方の為に立てられる。彼が語りかけることには何でも聞き従え。耳を傾けない者は皆、滅ぼし絶やされる」(3:22-23)と申命記を引用して、イエス・キリストこそ、あなた達を悪から離れさせ、祝福にあずからせるため神様が遣わして下さった方(3:26)であると証ししたのです。

*わたしたち

現代を生きる私達は、毎日、神様の力、聖霊の力を感じながら生活しているでしょうか。日々聖霊に満たされ、聖霊が私達をどのように導き、何を語ろうとしているのか敏感でなければならないと思います。

足の不自由な人が躍りながら神様を賛美したように、私達の生活の中で神様に心を震わせて、神様に感謝を捧げ、神様を称えているでしょうか。又、イエス様の御名を信じて「本当の癒し」が起こるために祈っているでしょうか。イエス様の御名には力があります。 私達の心の中で神様の力、聖霊の力を感じる時、癒された人のように、心の中から溢れるばかりの喜びが沸き起こり、神様に感謝せずにはいられないでしょう。イエス様は私達の助けを求める声を待っておられます。

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