2024年1月14日の説教要旨 サムエル記上3:1-10・ヨハネ書1:35-42

             「主の呼びかけ」       加藤 秀久牧師

*はじめに

 皆さんはどのような時に、神様からの言葉、呼びかけを感じることがあるでしょうか?神様は天と地を造り、植物や生き物を造り、人を神様に似せて造り世界を管理する者とされました。このように私達人間は、神様と近い関係を持ち、神様と会話できるようにと御業によって語りかけて下さっています。神様からの語りかけは、日々の生活の中で頻繁に起きていますが、その語りかけに私達が耳を傾けるか、傾けないかは、私達自身の選択、自由意志によります。

*少年サムエル

本日の旧約聖書は、神様の声を聞いた者の話です。サムエルは幼い時に、祭司エリに預けられて少年となり主に仕えていました。彼は神の箱(十戒の石板が入っている)が置かれている神殿に寝ていました。神殿は神様が臨在されている場所です。彼は未だ神様のことを十分知らず、神様からの言葉も聞くことはありませんでした。その夜、サムエルは自分を呼ぶ声に気づき、祭司エリが呼んだと思い、エリのもとに走り「お呼びになったので参りました」と言いましたが、エリから「私は呼んでいない。戻ってお休み」と言われてサムエルは戻り、寝ました。しかし眠りについたサムエルに、又「サムエルよ」と呼ぶ声が聞こえたので、走って「お呼びになったので参りました」とエリに言いましたが、エリは「私は呼んでいない。戻ってお休み」と言いました。1節には「その頃、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」とあるので、祭司エリも神様からの呼びかけとは気づかなかったのでしょう。三度同じことが起こった時、エリは、サムエルを呼んでいたのは神様であると悟り、サムエルに「又、呼びかけられたら、『主よ、お話しください。僕は聞いております』と言いなさい。」と教えました。戻って寝ていたサムエルは、再度の神様の呼びかけに『主よ。お話しください。僕は聞いております。』と答えました。

神様が語られたことは、神様の言葉に聞き従わなかった祭司エリの家に起こされる「神様の裁き」についてでした。翌朝エリはサムエルを呼んで、神様の言葉をすべて話すように言いましたので、彼はすべてを話し、伝えました。その後、サムエルは成長し、神様は彼と共におられ、サムエルは神様からの語りかけの言葉をすべて聞き漏らすことなく人々にも語り伝えたので、人々から「預言者」として認められていきました。

来なさい。そうすれば分かる

 本日のヨハネ福音書は、荒れ野で罪の赦しを得させるために人々に悔い改めのバプテスマ(洗礼)を授けていたヨハネは、イエス様にもバプテスマを授けた翌日のことです。二人の弟子と一緒にいた時、歩いておられるイエス様を見つめて「見よ、神の小羊だ」と言いました。

29節では「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と言っています。二人の弟子はそれを聞いてイエス様に従いました。イエス様は従ってくる二人を見て「何を求めているのか」と言われ、彼らは「先生、どこに泊まっておられるのですか」と聞くと、イエス様は「来なさい。そうすれば分かる」と言われました。二人はイエス様が泊っておられる所にも泊まりました。このことは、私達がイエス様に目を向けてイエス様の後について行かない限り神様のもとには行かれず、又、イエス様のもとにとどまることは「神様のご臨在・霊」の中に生かされることを教えています。

*神の小羊=この人を見よ

 この言葉は2つの文字で示され、「人間の形」・「見る」という意味になり、「見る」は、(換気口の意味から呼吸する=)「生きる」という意味が含まれ、イエス様はまさに「生きている人の形をとってこの地上に来られ」、「この人を見よ」=イエス様を見れば神様がどんな方であるかがわかる、神様のご計画がわかる、だから「イエス様を見なさい」という意味がこの「小羊」に込められています。私達は神様に似せて造られ、神様との関係を持つために造られ、生かされています。

イエス様は今日も私達に「来なさい。そうすれば分かる」と言われます。イエス様が私達のために全てのことをして下さいます。

今週も一週間、イエス様の言葉に導かれながら共に歩んで参りましょう。